プロローグ

昼下がり、ザーンの街。”岩の街”の異名を持つこの街に、あたしはようやく辿り着いた。
身体は旅の疲れで埃まみれだ。お腹も空いたし、喉も乾いた。急に、好物の酒が飲みたくなる。しかし、肝心の路銀は心許ない。
そんなあたしの視界に、ふと2人連れの冒険者らしき人物達が映った。まだ若い、男と女だ。
皮鎧を身につけ、腰に武器を帯びていなかったら、あるいは恋人同士に見えたかもしれない。
男の方は、短く切った黒髪に薄い茶色の瞳。結構あたしの好みのタイプだ。
日に焼けた肌は健康そうで、よく締まっていた。少し吊り気味の瞳が印象的な好青年だった。
反対に、女の方は抜ける様に白い肌をしている。大きな瞳は深い蒼。
茶色の髪をリボンで束ねた彼女は清純そうで、正統な美少女というやつだろう。
腰に剣を下げているが、実に似つかわしくない。ただの飾りなのだろうか。
2人もまだ街に着いたばかりらしく、通路が交差する度にキョロキョロしている。
丁度いいカモだ。あたしは足音を忍ばせ、ゆっくりと2人に近付いた。

ドンッ

わざとらしく女にぶつかる。よろめいた彼女を男が支えた。
隙をついて財布を抜き取る。久しぶりの「仕事」でヒヤヒヤしたけど、女に気付いた様子は無い。

「申し訳ありません、ぼんやりしていたものですから…お怪我は、ございませんか?」

女が心配そうに尋ねてきた。丁寧な物言いから察するに、育ちの良いお嬢ちゃんかしら?

「あぁ、何とも無いわ。あんたこそ、怪我は無かった?」

何とも無いという女に簡単に詫びを入れ、その場を立ち去ろうとする。どうやら気付かれずに済んだみたいだ。
安心したのも束の間、男に腕を掴まれた。振り返ると、何気無い口調で男が言った。

「待ちな。俺の連れに、余計なチョッカイ出さないで貰おうか」
「な…何の事?」

惚けるあたしをきつく睨んで、男はあたしの腕を捻り上げた。
腕力にはそこそこ自信のあるあたしだったけど、流石に男だ。あたしより更に腕力が強い。

「いやあぁっ!痛い、離してよっ!」

無言の男と騒ぐあたし。
いつの間にか、周りには人が集まり始めていた。女が何か言っている。多分、乱暴するなとかそういう事を言ってるんだろう。
でも、男の力が緩む事は無かった。

 

「待てっ!その女性を離さないかっ!」

そんな声が聞こえたと思ったら、急にあたしの腕から男の手が離れた。小さな女の悲鳴が聞こえる。
見ると、人垣から乱入してきた金髪の半妖精が男を殴り倒していた。緑の瞳が男を睨む。

「街中で女性に乱暴を働くとは何事かっ!?」
「何しやがる!?その女は、俺の連れの財布をスリ取ろうとしたんだぞ!?」

駆け寄った女に抱き起こされながら、男は騒ぐ半妖精に喰ってかかる勢いで言い返した。
途端に、半妖精の動きがピタリと止まる。ゆっくり振り返ると、その目があたしを見た。

「…あぁ、そうさ。悪いのはあたしの方だよ」

苦笑混じりに答えると、半妖精の顔から血の気が引くのが見てとれた。
男の方はと言うと、口の端から零れた血を擦りながら立ち上がるところだった。女が心配そうに眺めている。

「判ったか?」

男は、それだけしか言わなかった。呆れと、ほんの少しの怒りとが混じった顔をしている。
半妖精が慌てて男に謝った。男が大きく溜息をつく。
女が、白い布に水袋の水を含ませて男の口元を拭いた。口内が切れたのだろう、男は微かに眉をしかめている。

「どれ、怪我を見せてごらん。わしが手当てしよう」

散り始めた人混みの中に残っていたドワーフが、こちらに歩み出てきた。白い髭が丹念に手入れをされている。
茶色い優しげな瞳で男の傷を見ると、何事か呟く。男の口元に当てられたドワーフの手から、淡い光が漏れた。

「…神聖魔法か。サンキュ、良くなったよ」

男がドワーフに笑い掛けると、ドワーフも笑顔でウンウンと頷いた。

 

 

こんなあたし達5人がパーティを組んで冒険する事になるなんて、誰が想像出来ただろう?
こんな、滅茶苦茶な出会い方をしたあたし達が。
勿論、この時はまだ誰も気付いていなかった。当然と言えば当然だけど。