プロローグ

 夕暮れ時のリファールの街道を、俺は弟と一緒に歩いていた。商業の街、リファール。そのリファールの商店街はそうとうな賑やかさである。俺達は仲間達に頼まれた買い物の袋を下げていた。ふと弟の顔を見た時にいつも色白な弟の顔が、いつにも増して少し青ざめているのに気付き、俺は彼を連れて細い路地に足を運んだ。

「ねぇ兄さん、こんな方に来ちゃって、道判るの?」

 背後から不安そうな弟の声が聞こえた。俺は振り向いて笑顔で頷いた。

「リファールは俺の生まれ育った街なんだぞ?裏通りまで知り尽くしてるよ。大丈夫さ」

 俺の言葉を聞いて、彼は安心した様な小さな笑みを浮かべた。笑みを浮かべると、彼の顔はまるで少女の様に可憐に見える。
 彼は俺の実の弟である。しかし、人間として生を受けた俺と違って、弟は半妖精なのである。−−チェンジリングというやつだ。しかし俺と弟は、自分で言うのも何だが仲むつまじい兄弟だと思う。大切なのは種族なんかじゃなくて、内面的なところだと思うのだ。

「早く帰んないと、皆待ってるよね。急ごっか」

 そう言うと、彼は少し歩調を早めた。…とは言っても、俺が普通に歩くのと同じくらいの速さだったが。まぁ、背の高さが違うんだから仕様がない。俺と彼は頭一つ分くらいの身長差があるのだ。
 歩くのに合わせて弟の栗色の髪がふわふわと揺れる。弟を斜め上から眺めていた俺は、思わず笑みが浮かぶのを止められなかった。

「なぁアイリ、そろそろ気分は良くなったか?」

 突然の俺の言葉を聞いて、弟−−アイリは不思議そうな表情で俺の顔を見上げた。

「先刻人混みに酔ってただろ?顔が青かったからな。治ったか?」
「…知ってたの?」

 アイリは何だかバツの悪そうな表情を浮かべた。その顔色は幾分良くなった様に感じる。

「もう大丈夫なら、先刻の街道の方が近道だからさ。行けるか?」

 俺の言葉に、アイリはこくりと頷いた。顔にはいつもの穏やかな笑みを浮かべていた。

 

「あれ、何だろう?」

 行く先に出来ている人混みを見て、アイリが呟いた。シエント河のほとりだ。近くにいた人に尋ねてみる。「人が溺れているらしい」という話を聞いて、アイリの表情が変わった。優しい笑みが消え、真剣そのものの顔つきになっている。

「兄さんごめん、これ持ってて!」

 俺に袋を押しつけて、アイリは河に向かって走り出した。生来の身軽さを持ち合わせている彼はあっという間に人混みの中に消えていった。慌てて俺も後を追う。

「ちょっと済みません、知り合いなんです」

 そうあやまりながら、人混みを押し退ける。知っている顔がいくつか見つかった。そういう人達が手を貸してくれたおかげで、俺もすぐに人混みの1番前に出られた。
 丁度アイリが溺れていた人を連れて岸に上がろうとしているところだった。先に溺れていた人物を引き上げ、それからアイリに手を貸す。アイリは濡れた服の裾を絞ろうともしないで、溺れていた人物の元に駆け寄った。
 どうやら女性らしい。濡れた、長い金髪が顔や服にびったりと張り付いていた。服が濡れているせいで、体の線がくっきりと判る。俺は何となく目を逸らしてしまったが、アイリはそんなことお構いなしに彼女の様態を診ていた。彼は医者としての心得もあるのだ。
 視界の端に、彼女の唇を自分のそれで塞いでいるアイリの姿が見えた。片手で彼女の首を少し持ち上げ、もう片方の手は彼女の鼻を塞いでいる。人工呼吸−−応急処置の一種だ、ということは判っている。しかし、自分の弟が見知らぬ女性と唇を重ねている姿は、気恥ずかしくて直視出来ない。

 

「ごめん兄さん、上着貸してくれる?」

 しばらく経ってから、背後からアイリの声が聞こえた。どうやら目を逸らそうと、無意識のうちに後ろを向いてしまっていたらしい。
「あ?ああ…」と生返事を返し、上着を脱いでアイリに手渡す。アイリは少し息が上がっており、頬がわずかに紅潮していた。そのアイリの背後で女性がゆっくりと立ち上がった。

「どうもすみません…お世話をお掛けして…ありがとうございます……」

 濡れた髪を払ってそう礼を言う女性の顔は、まだ少女期を抜けたばかりらしく、若いと言うより幼さを残した顔だった。
 アイリの方を見ると、彼は今頃恥ずかしがっているらしく、顔を赤面させてうつむいていた。

「どうしようか?アイリ。彼女をこのまま放っていくわけにもいかないしな。宿に連れていくか?」
「…ん、そうだね。このままじゃ風邪ひいちゃうしね」

 俺は彼女に上着を掛けてやりながら、とりあえず自分たちの泊まっている宿に来るといい、と告げた。

「でも…ご迷惑をお掛けするわけには……」
「このままにして帰ってしまったら、余計に弟が気にしてしまいますから。お気になさらずに」

 おどおどしている女性に、畳み込む様にそう言う。彼女はしばらく迷っていたが、やがて小さく頷いた。

「では、俺達についてきて下さい」
「あ、あなたのこと、なんて呼んだらいいの?」

 アイリの言葉に、女性は柔らかく微笑んで答えた。

「リューエ…と呼んで下さい」

    


カルザスのプレイヤー、遙祐二くんによるプロローグでした。実に、彼のブラコン具合が表されている様な(笑)。
実際のプレイでは、このプロローグのシーンはティー以外の全員がいたはずですが…
何とかして2人っきりになりたかったんだね、兄さん(爆)。ただ、弟に「可憐」とか言っちゃうのはちょっと問題だぞ?(汗)

それでは、引き続き本編をお楽しみ下さいませ♪