2月14日。
それは、1年の中で女の子が1番勇気を出せる日。

そんな風に聞いたのは、いつの事だっただろう？
それが事実かどうかはともかくとして、バレンタインデーを勇気を出す口実に使う位はいいかもしれない。
緑の髪の少女は大きく息をついて、デパートのチョコレート売り場へと足を運んだ。

少女の名前は館林見晴。
木々の葉よりも深い空の色に近い緑色の髪と澄んだ瞳。
少し特徴的な髪型で、彼女を知る人はかなり遠くからでも彼女を発見出来ると言う。
性格も明るく友達の多い彼女だったが、恋愛関係に関してだけはどうにも奥手な女の子だった。

「やっぱりバレンタインにチョコを渡して告白、これがセオリーよ。
　成功率高いし、失敗してもダメージ少ないし、当たって砕けてみるしか無いって！」

友達はそう言うけれど、やっぱり砕けてしまうよりは想いが伝わった方がいい。
何とか片思いの彼に好印象を与えようと色々考えたが、際立った名案が浮かぶ訳でもなく。

「チョコレート、手作りの方がいいのかな？チョコレートだけじゃなくて、プレゼントつけた方がいいのかな？」
そう友達に聞いてみる事位しか出来なかった。

結論としては、それなりに物の良い市販のチョコレートを渡すのが1番良いという事になった。
面識のある相手からならともかく、名前も知らない様な相手に手作りを渡すのはマズいという事だ。
プレゼントも同じで、知らない相手から物を貰うのは重いし怖いものらしい。
雑誌なんかには、『手作りのチョコと手編みのマフラー』とか書いてあるのに…と思ったが、
やはりこういう時は友達の意見を素直に聞くのが1番だろう。

チョコレート売り場は若い女性で混雑していた。
フロアには特設ワゴンが設けられ、山と積まれたチョコレートを女性が吟味している。
まるで戦場の様なその輪に、見晴はとても攻め込んでいく気になれなかった。

「何もデパートにこだわらなくてもいいか…」

呟いて出口に向かう。
少女の足は、そのまま近所の洋菓子店に向かっていた。
学校帰りに見つけた、ケーキの美味しい洋菓子店。
片思いの彼の家に電話をかけて、留守番電話にこの店の話を吹き込んだ事もある。
ショーウィンドゥの中には、ケーキと並んでいくつかのチョコレートが並べられていた。

いくつかの洒落たチョコレートが入ったアソートボックス。
大人の香りのするウィスキーボンボン。
手作り感の漂う白と黒のトリュフ。

いくつかのチョコレートを眺めていた見晴が目を留めたのは、飾り気の無い四角い生チョコレートだった。
店員が試食をどうぞと1つ差し出してくれる。
甘すぎず、ほんと少しラム酒の香りがする生チョコレートは、シンプルだが溶ける様な舌触りがとても良かった。

「じゃあ、これ下さい。20個入りので」

2月14日。
それは、1年の中で女の子が1番勇気を出せる日。

ドンッと音を立てて、少年の身体に少女がぶつかる。
その勢いでよろめいた黒髪の少年は、ぶつかってきた相手の顔を見て「また君か…」と呟いた。

「またぶつかっちゃったね…ゴメンね」
「もういいよ、諦めてるから」

他愛の無い会話。
その1つ1つを、見晴はまるで宝物の様に噛み締める。
いつも遠くから眺めているしか出来ない、彼との会話。

「じゃあ…ゴメンね」

立ち去ろうとした少女を一瞥した少年は、自分の足元に落ちている箱を見つけて声を上げた。

「おい！何か落としたぞ？」
「え？あ…いいの、貴方にあげるよ。いつもぶつかってるお礼」
「はぁ？」

首を傾げる少年をよそに、少女はさっさと階段の方へ走っていってしまう。
腑に落ちない顔をしつつ、少年は箱を拾い上げた。
金色と茶色の洒落た包み紙に薄黄色のリボン、そしてSt. Valentine's Dayと書かれたシール。
どう考えても中身はチョコレートだろう。

義理チョコの数が1つ増えただけだ…そう考えながら少年は教室に向かって歩き出した。
しかし、3歩程歩いたところでまた足が止まる。

「…ぶつかってるお礼って何だよ。お詫びだろ？普通は」

ボソッとその場で呟くと、少年は階段の方へと視線を動かした。
壁から緑色の輪が生えている。考えるまでも無く見晴の髪だ。きっと本人は気付いていないだろうが…

「…おかしな奴」

クスリと笑って、少年は階段の方へ歩き出した。教室は階段とは逆方向だが。
擦れ違いざまに見晴に声を掛ける。顔は見ないで、あくまで擦れ違いざまに言葉だけ。
それでも見晴が驚いて顔を上げるのが見えた気がした。

2月14日。
それは、1年の中で女の子が1番勇気を出せる日。