10月1日。
きらめき高校では衣替えが行われ、前日まで眩しい白の制服だった生徒達が一斉に冬の出で立ちへと変わった。
日没も夏と比べて目に見えて早くなり、風に含まれる冷たさが季節を感じさせる。

2年A組の教室では、放課後のホームルームの時間を利用して文化祭の実行委員の選出が行われていた。
文化祭は既に1ケ月後に迫っており、そろそろ本格的に準備を始める時期に入っている。

「それじゃ藤崎さん、お願いしても良いかな?」

クラス委員の声に、「はぁ…」とやや気乗りしなさ気な少女の声が答えた。
クラスメイトの推薦で選ばれた実行委員は、藤崎詩織。腰まで伸ばした髪に、ヘアバンドがよく似合っている。
成績優秀・スポーツ万能、気性も優しく人望厚い彼女が選出された事はごく当然のことの様だった。
生徒達の拍手に囲まれて、彼女は小さく溜息をついた。

美術部の作品、しっかりやりたかったんだけどなぁ…
来年は受験の年だし、今年が部活動1番打ち込める年だと思ってたのに…

本当は実行委員より部活動を優先させたかった。
しかし、クラスメイト達の顔を見るとそんな言葉はとても言えない。
仕方なく引き受けようと思っていたところに、1人の男子生徒の声が届いた。

「ちょっと待った委員長!詩織は美術部の方で油絵を完成させるのに忙しいんだ。 運動部所属の生徒の中から選出し直さないか?」
「徹君…」

思いがけない助けの声に詩織は顔を上げる。
目に飛び込んで来たのは、幼なじみの今野徹。詩織がほのかに好意を寄せている相手の姿だった。
詩織の視線に気付いた徹は軽く片目を瞑って見せると、更に教室中に聞こえる声で続けた。

「俺も詩織と同じ美術部だから文化祭の出し物も当然同じ事やってるんだけどさ、油絵って結構大変なんだよ。
 毎日欠かさず描いて、やっと間に合うかな〜くらいなんだ。実行委員なんてとても出来ないよ。」

徹の話を聞いていた委員長が、ゆっくり詩織に視線を戻す。

「…そうなんです。ごめんなさい…」

詩織が答えると、委員調子は仕方ないという感じで苦笑いを返す。
その後、再度クラスメイトと相談を重ねた結果、新しい実行委員が選ばれる事となった。

 

「徹よォ、詩織ちゃんの為に熱弁だなんて泣かせるなぁ〜このこのこのっ」
「何言ってるんだよ!俺は同じ美術部員としてだな、見るに見かねて…」
「熱い熱い、羨ましいねェ」

ホームルームが終わり挨拶をすませると、詩織はすぐに徹の席にやって来た。
徹は隣の席の悪友・早乙女良雄とじゃれ合っている。
2人に何と声を掛けようか、詩織が僅かに躊躇っている間に良雄が詩織に気付いた。

「徹、愛しの詩織ちゃんだぜ。これから一緒に美術室ってかァ?羨ましいなぁ〜このこのこのっ」
「何言ってんだ、バカ」
「お邪魔虫は退散するとしますか。詩織ちゃん、また明日ね〜」

ヘラヘラッとした笑いを浮かべると、学生カバンを小脇に抱えて良雄は教室を飛び出して行った。
徹が苦笑しながら教科書をカバンに詰めていく姿を、詩織は黙って見つめていた。
荷物をまとめると、徹は詩織に向かって「じゃあ行くか」と笑い掛けた。

美術室は教室とは別の棟にある為、しばらく歩く事になる。
詩織は徹と並んで歩きながら先刻の礼を言った。
自分を庇ってくれた事が嬉しかった。そして、その相手が徹だった事が余計に嬉しかったのだ。

「別に大した事じゃないよ。あのままだったら押しつけられてただろうからさ」
「うん…」

隣の棟への渡り廊下で、徹がふと立ち止まった。詩織もつられて立ち止まる。
渡り廊下からは中庭が一望出来る。青い空と行儀良く一列に並んだ緑がよく似合っていた。
「ここの景色好きなんだ、俺」と徹は視線を中庭に向けたまま呟く。
徹の好きな景色だと思うと、詩織にも見慣れた中庭が少し魅力的に見えた。

「あのさ」

しばらく黙って中庭を眺めていた徹が唐突に口を開いた。
詩織は顔だけを徹に向け、次の言葉を待つ。

「詩織はさ、もっと素直に物言ってもいいと思うぜ?」

突然の言葉にキョトンとしているくるり詩織の方にくるりと振り向き、徹はそのまま続けた。

「実行委員の話の時もさ、断っちゃっても良かったじゃん。部活動忙しいのは本当なんだし、悪い事じゃないんだからさ」
「それは…そうだけど…」

詩織は少し顔を曇らせて俯いた。
幼なじみの徹は、自分の性格を良く知っている。たしかに彼の言う通りなのだ。

「詩織は人に悪いから、とか言って頼まれた事断れないところあるだろ?
 でも、それで自分の首絞めて、結局他人に迷惑掛ける事になったりしたら元も子もない。だよな?」
「うん…」

旧知の仲だけに、徹の言葉には遠慮が無い。
言われている事も正しいだけに、詩織には何も言い返せなかった。
黙り込む詩織の様子に、徹が少し慌てて「いや、文句を言ってるんじゃないんだ」と話を続ける。

「そういうとこは詩織のいいとこだと思ってるよ。ただ…たださ、詩織が他の奴の為に自分を犠牲にしてないかなって心配なんだ。
 ほら、クラスの連中って詩織の事完全無欠の優等生だと思ってるフシがあるじゃん?」

徹の声が、詩織の心にチクリと響いた。
たしかに、クラスメイトの言葉や態度の端にそういう気持ちを感じる事がある。
『才色兼備・スポーツ万能・学園のマドンナ』
そんな周りの期待を意識して努力している自分も、たしかにいる。

「だけど…詩織は普通の女の子だろ。ちょっと努力家だから、そういう鎧被ってるみたいに見えてるけどさ。
 だからその、上手く言えないんだけど…もっと、手抜きしてもいいと思うんだよ」
「徹君…」

徹は詩織の肩にポンと手を置いて笑い掛けた。
徹は、そんな名称なんて気にしないで、ありのままの自分を見てくれている。
幼なじみなのだから当然と言えば当然なのだろうが、その事実が詩織はとても嬉しかった。

「徹君、私ね…」
「お〜い、今野!藤崎!仲良いのもいいけど、早くしないと部活動始まるぜ〜?」

詩織が言い掛けたのと同時に、2人の背後から同じ美術部員の声がした。
徹は背後を通り過ぎて美術室に向かう生徒に「すぐ行くさ」と返し、もう1度詩織に向き直った。

「今、何か言い掛けなかったか?」
「え?…ううん、いいの。早く行かないと遅刻だねって言いたかっただけだから」
「そうだな、行くか」

再び並んで美術室に向かう。
詩織は少しだけ前を歩く徹の後ろ姿を眺めながら歩いていた。

徹君、大きくなったな。昔より少し格好良くなった気がする。

事実、徹に好意を寄せている女の子は少なくないという噂を聞いた。
優しいながらにサッパリした性格と話題の豊富さ、それに意外と地道な努力家なところ。
入学したての頃はあまり目立つ存在ではなかったが、付き合っていく内に判ってくる彼の人柄に惹かれていったのだろう。

でも…きっと、徹君に今1番近いのは私。
徹君が私を判ってくれている様に、私ももっともっと徹君のこと判りたいな。

あなたのことが…好きです。

まだ言えない気持ち。それにはまだ勇気も、自分の努力も足りなくて。
でも、いつかきっと…あの樹の下で。


何だかよく判らなくなっちゃいました。ま、まとまりが…
今回書きたかった事は、実は恋愛の話ではなく詩織の事でした(^^;;;
必ず「成績優秀・スホーツ万能・誰からも好かれる性格・学園のマドンナ」って紹介されているけれど、
その周りのイメージに応える為に実は詩織はすごく苦労したり努力したり悩んだりしているんじゃないかなと思います。
だから、私の中のイメージでは詩織はあんまり「完全無欠」ではないんですよね。

詩織が好きじゃないという人は、あの非の打ち所の無い所が嫌というのもあるかもしれないのですが、
そうやって裏で一生懸命努力してると思うと、可愛くなってきませんか?
…余計性格悪いじゃんとか二面性があるとか、言わないで下さいネ(泣)