高くて青い空と、所々の白い雲。
新学期が始まって、季節が着実に秋に向かっていくのを感じていた。
君と初めて出会ったのは、そんな9月の事…

 

退屈な授業が終わり、一斉に校内が賑やかになる昼休み。
彩子はパンを抱えて中庭を歩いていた。校内の売店から教室に戻るには、中庭を横切るのが1番早い。
教室に向かって歩く彩子の目に、1人の少年の姿がうつった。

少年は、手にしたノートに色鉛筆で何かを描いている。ふと興味を覚え、彩子は少年に近づいていった。
絵を描いているのであろう事は判る。そして、おそらくそれは中庭の風景画なのだろうという事も。
しかしクロッキーノートの中の中庭は校舎は歪み、植木は地面を離れている。
しばらく背後からその絵を鑑賞すると、彩子は少年に声を掛けた。

「ビューティフル、綺麗な色ね」

突然の声に、驚いた少年が振り返る。目が合うと、彩子はにっこり笑い掛けた。
「隣、座っていい?」と声を掛けると、返事より前に腰を下ろす。
目を丸くしている少年に、彩子は先程ともう1度同じ言葉を掛けた。

「その空の色、深くてすごく綺麗。青と紫の重ね塗りかしら?」
「あ?あぁ…それに黒とな。部分的には黄色や緑も入れてるよ」
「あぁ、ここの影の所ね。グレイト、素敵な重ね方だわ」

少年は、突然の来訪者に驚きつつも返事を返した。自分の好きな物の話をされて、悪い気はしないものだ。
取りあえず質問に答えると、少年は改めて彩子を見た。
艶やかな黒髪をアップでまとめ、サイドの髪は軽く流してある。目鼻立ちのハッキリした、なかなかの美少女だ。
ハツラツとした印象の彼女に、白とライトブルーの夏服が良く似合っていた。

「ソーリー、自己紹介が遅れたわね。私、片桐彩子。1年生よ」
「俺は高原祐二。同じ1年だよ」

 

その日から、彩子は度々昼休みに中庭へ出掛ける様になった。
祐二は、天気さえ良ければいつも同じ場所でノートを広げている。そのノートも、もう2度新しい物と変わっていた。
彼が描くのは、いつも空想画の様に歪んだ絵だった。

「ねぇ、祐二君は風景画や静物画は描かないの?」
「ん?あぁ、そうだな…俺、そういう絵は苦手なんだ。デッサンとかも下手だしさ」
「折角いい色使いなのに、勿体ないわ」

 

彩子は、祐二に美術部には入部しないのかと何度も尋ねた。
彼女自身美術部員で、部の雰囲気も先輩達の性格も問題ないと判った上で入部を勧めた事も何度もある。
しかし、決まって祐二の返事はいつも同じだった。
「授業後は、絵を描く事よりやりたい事がある」と。

 

冬休みに入り、あっという間にクリスマスがやってくる。
家族と一緒に買い物に出ていた彩子は、デパート地下の食品売場で祐二を見掛けた。
手にした籠の中には、苺のパックや牛乳、小麦粉などが入っている。
自分と同じく家族との買い出しなのかと思ったが、彼の近くにそれらしい人物は見あたらない。

「ハイ、祐二君。買い物?」
「片桐!?」

声を掛けると、驚いた祐二は慌てて籠を自分の背後に隠した。

「ソーリー、もう買い物の中身見ちゃったわ。ご家族と買い物?」

彩子は笑いながら謝った。
「家族とじゃないさ、1人だよ。」と呟く様に返事を返し、隠した籠を出す。照れた様に頬が赤い。

「クリスマスケーキの材料みたいね。買い出し頼まれたの?」
「…俺が作るんだよ、クリスマスケーキ」

無邪気に尋ねる彩子に、ますます顔を紅潮させながら返事をする。
彩子は大きな瞳を更に丸くして、目の前の少年を見た。
視線を受けた祐二は、口をヘの字にして頭を掻く。

「誰にも言うなよ!高校生にもなって、男が菓子作りなんて…は、恥ずかしいからさ」
「恥ずかしい?ホワット、どうして?」
「…え?」

聞き返した彩子に、祐二が顔を上げる。

「絵を描くのと一緒じゃない?自分の中にイメージしたものを、形にするんだもの。恥ずかしくなんてないわよ」

カラッとした笑顔で言う彩子が、祐二には眩しく見えた。
彼女の言葉がしみ込んでいくのと同時に、心が軽くなった気さえした。

絵を描くのも菓子を作るのも、同じ「自己表現」。そんな考え方は、自分だけではきっと出来なかった。
将来は菓子を作る仕事がしたいと考え、授業後には菓子を作ったり関係した本を読んだりしていた自分。
そんな自分の事を、自分自身ですら恥ずかしいと思っていたのに…。

「片桐…」と祐二が口を開きかけた時、彩子を呼ぶ家族の声が聞こえた。
彩子は返事をして、家族の方へ向かう。一言、「また新学期にね」と言葉を残して。

 

年が明け学校が始まると、祐二はすぐにいつもの場所へ向かった。
いつもの様に彩子が中庭にいる。絵を描き、言葉を交わす、いつもの光景。
昼休みが終わる直前、祐二は紙包みを取り出して彩子に渡した。

「昨日クッキー焼いたんだ。良かったら食ってくれよ」
「サンキュー、嬉しいわ」

早速包みを開いてクッキーを頬張ると、「デリシャス、すごく美味しいわよ」と笑顔で言う。
そんな彩子に、祐二は休みの間に出した結論を告げた。

「俺、美術部に入ろうかな…菓子と同じくらい、絵好きだし。」

 

空気が冷たく澄んで、空はいつしか頭上近くなっていた。
夢は1つだけしか叶わないのではないかと考えていた日。沢山の中から、1つだけしか選択出来ないと。
夢は持ち続けて努力し続ければ叶うもの。チャンスを逃さずに追いかけていけば叶うもの。
それを気付かせてくれた、君の近くで夢を追い続けよう。

いつか、2人の夢が交わる様に…