歌声をあなたに…

1 パーティーの前に…

 「あっ、この服いいな!ねぇ、あゆみもそう思わない?」

 12月も半ば、期末テストも終わって後は冬休みを待つばかりと言う季節、館林見晴が今日はクラブ活動がない西原あゆみをショッピングに誘って服を見ている最中に、真っ白なコートを見止めてあゆみに話すと、あゆみがその服を見て、

 「うん、結構良さそうだけどちょっと子供っぽくない?見晴ってただでさえ背が低くて子供っぽく見られるんだからこういう服はやめて、こういう服にしたら?」

 あゆみが白いコートとは違い、少し落ち着いた感じの茶色のコートを指で示すと、見晴がう〜〜んと腕を組んで悩んでしまう。

 「そんなに子供っぽいかなぁ、私って?」
 「そういう風に考えるところがね。でもまぁ見晴には合ってるかもね、このコート、「雪の妖精」って感じで」
 「雪の妖精かぁ、うん、何だかいいかも」
 「あと、羽のついたカバンでも買おうか?そしたらバッチリでしょ」
 「あはは、そうだね。……ってあゆみ、自分がその格好をするわけじゃないからって好き勝手言ってるでしょ。それに何だかものすごく子供っぽい感じだし。さっきよりも」
 「あ、ゴメンゴメン。でも別にからかってるわけじゃなくて……羽のついたカバンは置いておいて、白いコートは買ってみれば?ホントに似合うと思うわよ」

 あゆみの言葉に見晴がうなずき、

 「うん、じゃあちょっと試着してみる」

 白いオーバーコートを店員さんに頼んで試着させてもらい、着替え終わって見晴が、

 「どうかな?」

 ちょっと緊張気味に尋ねるので、あゆみもつい頬が緩んでしまう。

 「うん、似合ってるわよ。今度の伊集院君の家のクリスマスパーティーにはそれを上に羽織っていくんでしょ?」
 「うん、でも私、あんまりいいパーティードレスなんて持ってないし……このコートを着ていっても意味ないかも?」
 「別に大丈夫だと思うけど。伊集院君の家のクリスマスパーティーって男性の服装には厳しいけど、女性の服装は大してチェックしないって噂だし」
 「え、そうなの?」
 「そうみたい。保の奴がボヤいてたわ、男女差別だ!って。保も見られる格好で行けばそんなチェックなんて関係ないと思うんだけどね」

 あゆみの言葉に見晴が複雑そうな表情で、

 「そう言うのはあゆみがどんな服でも似合うからだよ」

 ポツリとつぶやくと、あゆみが仕方なさそうな表情で、

 「じゃあ伊集院君の家のパーティーに行くのはやめる?」

 見晴に尋ねると、見晴が首を横に振って、

 「ううん、行く」

 キッパリと言うので、見晴が高校生になって初めてのクリスマスイブの夜に何故伊集院家のクリスマスパーティーに行きたいのか、本当の理由を知っているあゆみがうなずいて、

 「よろしい。さ、じゃあ何かパーティーのための服を見よっか」

 今度のクリスマスに伊集院家で行われるクリスマスパーティーに着ていく服を見ることを勧めるあゆみであった。

 

2 パーティー会場で…

 「何キョロキョロしてるのよ、見晴」

 カクテルグラスを手に持っている今日は黒のベルベットのワンピースを着ている西原あゆみが、自分の隣でキョロキョロと周りを見ている館林見晴を注意すると、見晴が慌てて視線をあゆみの方に向けて、

 「う、うん、おいしそうな料理がいっぱいだなぁって思って」

 自分が周りを見ていた理由を話すと、

 「あんた、嘘をつく才能が本当にないわねぇ。どう見たって、「あの人はどこかなぁ?」って探してる視線でしょうが、料理を取るお皿も持ってない人のセリフじゃないわよ」

 あゆみがズバリと指摘するので見晴もシュンとしてしまう。

 「うう……」
 「で、見つかったの、見晴が入学試験のときに隣の席で、一目ぼれをした人って?」
 「うん、わからない。でも人も多いし…。まだパーティーも始まったばかりだし来てないのかも」
 「入り口で追い返されたって言うケースも考えられるけど、保みたいに」
 「え、保君、今日は入れなかったの、パーティー会場に?」
 「まぁね、さっき電話で泣いてたわ、後で二次会をしようなって。まぁ、私もあんまりこういう堅苦しいパーティーって好きじゃないから、バレー部の先輩や友達と一通り挨拶したら帰るわ。見晴もそんなに長くいないでしょ。待ち合わせようか?」
 「えっ!?……う〜〜ん、私もそんなに最後までいるつもりじゃなかったけど、あゆみが一緒じゃないと心細いなぁ」
 「泣き言を言わない。いつもの見晴らしくしてれば大丈夫よ。彼も見晴を見ただけで逃げ出すなんてありえないから」
 「うう……それは極端すぎるよぅ」

 そう言いながら、自分のドレスの袖をしっかりと握っている見晴の腕を見て、あゆみがクスリと笑って、

 「仕方ないわね。じゃあ一緒にいる。でも本当に挨拶だけだからつまらないわよ」
 「う、うん。それでいいよ」

 あゆみの言葉に見晴がうなずいて、自分が一緒にいてもいいと言ってくれる友人に感謝するのであった。
 そしてあゆみと見晴が並んでバレー部の友人やクラスの友人達と歓談していると、白いタキシードに身を包んだ伊集院レイが見晴の側に来て、

 「やぁ、西原君、館林君」

 挨拶をすると、

 「こんにちは、伊集院君。それと今日はパーティーにお招きいただき本当にありがとうございます」

 あゆみが丁寧にお辞儀をして挨拶をすると、レイもうなずいて、

 「西原さんはこういう堅苦しいパーティーは苦手な感じだと思っていたが、楽しんでいただけてるかね?」
 「はい、思っていたよりも堅苦しくなくて……。そりゃあパーティーですから形式って言うのは大切ですけど、それでも普通の堅苦しい形だけのパーティーよりもずっと中身があって楽しいです。きらめき高校の人もたくさん来てるし」
 「そう言ってもらえるとありがたい。館林君も楽しんでもらっているかね?」
 「う、うん。あ、あの、今日はパーティーに招待してくれてありがとう。……え、えーと、料理もおいしいし、クラシックの演奏もすごいし、歌もすっごくうまいね」
 「ありがとう。あ、そうだ。歌で思い出したのだが館林君、歌は得意かね?」

 伊集院の言葉に見晴が首を横に振って、

 「う、歌はあんまり。カラオケとかにはたまにあゆみや友達と行くけど、そんなにうまいって言うわけじゃ…」

 答えると、伊集院がうなずいて、

 「西原君、本当かね?」

 あゆみに真相を尋ねると、

 「いえ、うまいです」

 あゆみが答えるので、伊集院がうなずいて、

 「実はこの後クリスマスソングを歌ってもらおうと思っていた人が風邪で体調を崩されてしまってね。代わりの人を探していたんだが、館林君、もしも都合がつけば歌ってもらえないかね」

 「え、ええっ!!」

 「いや、もちろん出演料は払うよ。そうだね……これでどうかね」

 そういうとレイがバッと右手をパーの形にするので、見晴がビックリしてしまう。

 「ご、五万円ももらえるの?」

 伊集院家の金銭感覚からしてそのぐらいの値段かなと多く見晴が言ってみると、レイがこともなげに首を横に振ってしまう。

 「いや、50万円だよ」
 「ご、五十万円……」

 レイの言葉にクラクラして見晴が倒れそうになると、あゆみが慌てて見晴の背中を支え、

 「ごめんなさい、伊集院君。見晴はちょっと人前で歌を歌うって言うのは苦手だから遠慮させて。それに50万円って言うのも見晴の心臓に悪そうだし…」

 レイに断りの言葉を見晴に代わって伝えると、レイがうなずいて、

 「そうか……残念だが。では他の人に頼むとしよう。あ、無理なことを頼んですまなかったね、館林君」

 見晴に謝ると見晴が首を横に振って、

 「い、伊集院君が悪いわけじゃないよ。私が人前で歌うのが苦手だから…」

 謝るので、レイもつい苦笑してしまう。

 「館林君が謝る必要はないよ。それではパーティーを楽しんでくれたまえ」

 レイが他の人に話しにいったのを見ながらあゆみが見晴に、

 「断っちゃったけど本当にいいの?もしかしたらステージで歌えば彼も見てくれるかもしれないわよ」

 小声で尋ねると、見晴が首を横に振ってしまう。

 「ううん、私には人前で歌を歌うなんて事は出来ない。伊集院君には悪いけど私には無理だよ」
 「でも私、見晴のクリスマスソングを聞きたいけど…」
 「もう、あゆみの意地悪っ!私、カラオケで友達の前で歌う時でもすっごく緊張するんだよ。あ、でも歌い始めると気にならないけど……でも、でも、歌い終わった後ってすっごく恥ずかしいし…」
 「ははっ、まぁそんなもんでしょうね。あ、見晴の場合、マイクを持つと人格が代わるって言う奴かも?」
 「え、そんなに人格まで変わってる?」
 「ううん、そんなことないわよ。すごく見晴嬉しそうだし。見晴も本当に歌ってみればいいのに…」

 あゆみの言葉に見晴が首を横に振ってしまい、そんな見晴の反応にやれやれという表情を浮かべると、

 「少し……休憩しよっか」

 あゆみがずっと立ちっぱなしのパーティーは疲れるので休憩することを見晴に勧めると、見晴がうなずいて、用意された休憩室に向かうのであった。
 休憩室で背伸びをして、ちょっと凝ってしまった肩を見晴がほぐしていると、パーティー会場の方から今までの静かな演奏ではなく、コーラスも混ざったクリスマスソングが聞こえてくる。

 「あ……始まったみたいだね」

 見晴が綺麗な女性の声で歌われているクリスマスソングを聞きながら、あゆみにつぶやくと、あゆみがうなずいて、

 「見晴、歌おっか?」

 見晴にニッコリと笑顔で歌うことを勧めると、見晴が慌てて、

 「で、でもクリスマスの歌の歌詞とか知らないし、ここ休憩室だから誰か来るかもしれないし…」
 「大丈夫、大丈夫。誰も来ないわよ。気分を治すと思って一曲歌ってみようよ。大きな声で」

 そう言ってあゆみが「クリスマスソング選集」と書かれたA4サイズの本を見晴に手渡すと、あゆみの用意のよさに見晴がビックリしてしまう。

 「これ、どうしたの?」
 「入り口に置いてあったわよ。今日歌われる歌が全部書かれてるみたい。見晴はこの中で何か好きな歌はある?」

 あゆみの質問に見晴がう〜〜んと考えこんで、

 「じゃあ、「サンタクロースが町にやってくる」」
 自分の歌いたい歌を自分でリクエストすると、あゆみがうなずいて、
 「じゃあそれを歌おっか。……じゃあ行くわよ。 さぁあなたからメリー・クリスマス♪」
 私からメリークリスマス♪
 Santa Claus is comin' to town♪
 ねぇ 聞こえてくるでしょう♪
 鈴の音がすぐそこに♪
 Santa Claus is comin' to town♪

 

 「おや?」

 レイが少し挨拶に疲れて休憩室に向かおうとすると、休憩室から綺麗なクリスマスソングのデュエットが聞こえてくる。レイがその歌声に誘われてそっと休憩室の部屋のドアを開けると、見晴とあゆみが椅子に座って今日のパーティーの出席者のために置いてあった「クリスマスソング選集」を手に歌っているので、

 「ふむ……」

 と考え込んでしまう。そして気付かれないように扉を閉めると、レイがパーティー会場に戻り、クラスメイトと話していた同じ一年A組のクラスメイトであり、藤崎詩織の幼なじみでもある彼の肩をポンと叩き、

 「少し付き合いたまえ」

 彼についてくるように勧めるので、彼が不思議そうな表情を浮かべてしまう。

 「何だ、伊集院」
 「いいからついてきたまえ。早くしないと彼女達の歌が終わってしまう」
 「は?彼女達の歌?」
 「そうだ、つべこべ言わずに来たまえ」

 グイッと彼の腕を取って伊集院が休憩室に戻るのであった。

 

 さあ あなたから メリー・クリスマス
 私からメリークリスマス♪
 Santa Claus is comin' to town♪
 ねぇ 聞こえてくるでしょう♪
 鈴の音がすぐそこに♪
 Santa Claus is comin' to town♪

 

 休憩室に入ると、見晴とあゆみが楽しそうな表情を浮かべて、楽譜を手に歌っている。そんな彼女達を邪魔しないように見ながら、伊集院が

 「庶民も聞きたまえ」

 小さな声で彼にも鑑賞を勧めるので、うなずいて彼も見晴とあゆみの歌に耳を傾けるのであった。

 

 さあ あなたから メリー・クリスマス
 私からメリークリスマス♪
 Santa Claus is comin' to town♪
 さあ あなたから メリー・クリスマス
 私からメリークリスマス♪
 Santa Claus is comin' ♪
 Santa Claus is comin' ♪

 Santa Claus is comin' to town♪ 

 

 あゆみと見晴が歌を終え、ちょっと見晴もあゆみもホッと一息つくと、パチパチパチ……と拍手の音が歌を歌い終えた二人の耳に入ってくるので、見晴もあゆみも顔を上げて周りを見ると、いつの間にか休憩室の自分たちを伊集院レイ、彼が見ているのでビックリしてしまう。

 「え、ええっ!」

 見晴が顔を真っ赤にして自分のおかれた状況が理解できないでいると、レイが拍手をしながら、

 「いや、休憩室で休憩をしようと思ったら君たちの歌声が聞こえてきたのでね。つい申し訳ないと思ったのだが聞かせてもらったのだよ」

 自分がここにいる理由を話すと、見晴が顔を真っ赤にしながらもちょっとうれしそうな表情を浮かべてしまう。そんな見晴に伊集院の横に立っている彼が申し訳なさそうに、

 「あの……実は俺曲の中盤辺りからしか聞けなかったんだけど、もうリクエストしてもいいかな?えっと、あなたの歌う「サンタが町にやってきた」が聞きたくて…」

 リクエストを申し出ると、彼に話し掛けられたことと、彼にリクエストしてもらってどう返事をすればいいのかで頭が混乱してしまい、見晴が何も言えないでいると、レイが笑って、

 「無粋だぞ、庶民。クリスマスソングが聞けるのはこの一瞬のみだ。今のこの瞬間の彼女達の歌声は今しか聞けなかったのだ。それをリクエストなどと……」

 彼がリクエストしたことを咎めると、彼がちょっと表情を赤らめてしまう。

 「あ、そ、そうだな。つい彼女の歌声が綺麗だったから舞い上がっちゃって……。うん、今のこの瞬間の彼女の歌声を忘れなければそれでいいんだよな」

 彼の言葉に見晴が表情を赤くしながらお礼の言葉を述べる。

 「うん、ありがとう。……あ、私の名前は見晴だよ。館林見晴。ところであなたの名前は…」
 「あ、館林さんか。うん、俺の名前は…」