「あなた最近女の子に評判悪いわよ」
僕の部屋に入ってくるなり姉さん(元きらめき高校のアイドル・藤崎詩織)がいきなり切り出した。
「へ? だ、誰から聞いたの?」
「好雄くんに」
「早乙女先輩???」
「うん」
「だってあの人とっくに卒業…」
「彼の情報能力を侮っちゃいけないわ。卒業した今でも、きら高の女子生徒のチェックは続けてるそうよ」
「…ストーカーだよ、それじゃ」
「さすがに現役生徒だった頃より精度は落ちてるけどね」
「…」
「だから『悪い噂』なんて言って安心してるといきなり爆弾破裂するかもよ」
「お、脅かすなよ」
「心配だったらせいぜいデートでご機嫌とることね」
「ううむ…。姉貴が言うと説得力あるなあ…」
義理の兄(つまり詩織の旦那さん)が如何に苦労したか…間近で見ていただけに僕は良く知っていた。
「とりあえず電話してデートの約束でもするか」
「クラブの活動日には約束しちゃダメよ」
「知ってるよ」
「それと前のデートと違う場所を必ず選ぶこと」
「判ってるってば」
「そうね…。この季節なら中央公園なんていいかもね」
「…」
「素敵だったわ。彼とのデート」
「ああ。池で義兄さんが溺れそうになったやつ?」
「やだ。デートの時に溺れたんじゃないわよ」
「そうだっけ」
「あれは小さい時の話」
「ふ〜ん。僕が聞いたのは…『詩織のヤロウ、見てるだけでさっぱり助けてくれなかった』…ってとこだけだから」
「! …あの人、あなたにそんなこと言ったの!?」
「あんな薄情な女、見たことないって言ってたぞ」
「!!」
「その上見栄っ張りで気分屋でナルシストで病的ヘアバンド愛好家で…」
そこまで聞くなり、姉さんは顔を真っ赤にして部屋を飛び出そうとした。
「おいおい…姉さん。どこ行くの?」
「ウチへ帰るのよ! あの人、陰では私のことそんな風に言ってるのね!」
「ウチ…って隣だよな」
「当たり前のこと聞かないで! 隣へお嫁に行ったんだから当然でしょ!」
「どうでもいいけど、爆弾破裂さすんなら他所でやってくれない?」
「え?」
「あそこで夫婦喧嘩やられると、ここまで筒抜けで」
「…」
「この前なんか花瓶が飛んできた」
「あ、あれは私が投げたんじゃないわよ!」
「じゃ、義兄さんが投げたの?」
「違うってば! 頭に来たから手元のクッションを思いっきりぶつけたら…」
「…」
「あの人がよろけて窓際の花瓶を背中で…」
「やっぱ姉さんが悪いんじゃないか」
「うるさいわね。子供は黙ってなさい!」
そう言い捨て、姉さんは脱兎のごとくに飛び出して行く。
それを見送って僕は肩を竦めた。
「姉さん…結婚してから益々短気になったな…。ま、予想はある程度ついてたけど」
世に言う”傷心度パラメータ”
その恐ろしさを本当に知っていたのは
実は身内である僕一人だったかも知れない。