空は、相変わらずどんよりとした曇り空。
陽の光も、恵みの雨も無く、ただうねる灰色の分厚い壁だけがどこまでも続いていた。

「フィリス?」

名前を呼ばれて、視線を空から戻す。
横になっている私の目の前には、優しい目をした悪魔がいる。

 

 

全ては、人間が私達の暮らす魔界に攻め込んできた時から始まった。
どうしてなのかなんて判らない。気が付いた時には戦いが始まっていたから。
裏で天使が糸を引いていると判ったのは、ずっとずっと後になってからだった。

人間達が攻め込んできて。
魔王様と弟君のジェネラル様が人間に討たれて。
魔王城は人間達に奪われて。
生き残った者達は人間と戦ったけれど、魔王様を失った私達に残された力なんて微々たるものだった。

長い時間をかけてジェネラル様も魔王様も復活されたけれど、人間達との戦いの中で再び魔王様は討たれてしまった。
その槍で刺された者は魂までも砕け散ると言われる、天使が造ったスピリッツ・ブレイカーという槍。
魔王様は、あの方が愛し続けた人間にその槍で貫かれてしまった。

ジェネラル様に率いられて私達の軍は天使と戦い、その長であるメルディエズを倒したけれど…
その結果訪れたのは、魔界の長も天界の長もなくして維持する力を失った世界の崩壊。
今こうしている間にも世界には様々な災害が起こり、生きる者達全てが倒れている。
老人や子供などの力を持たない者から順に、ゆっくりと…でも確実に。

 

 

「ギルヴァイス様…」

枕元に腰掛けている人の名前を呼んでみた。自分でも驚くくらい、力の無い掠れた声。
ギルヴァイス様が私の顔を覗き込んで下さる。
顔色がすごく悪い。目の下にクマも出来てる。まるで、仕事が忙しくてずっと寝ていない時みたいに。
部下である私達の自慢だったギルヴァイス様の綺麗な羽も、すっかり艶を無くしてかさついている感じがする。
まだ歩く元気が残っておられるギルヴァイス様でああなのだから、横になったきり起き上がることも出来ない私の顔や羽はきっともっと酷いんだろう。

頻繁に訪れる脱力感に瞳を閉じると、昔の事が瞼の裏に浮かんできた。

 

まだギルヴァイス様の下で仕事を始めたばかりの頃。
失敗だらけで泣きべそをかいていた私に言って下さいましたね。

「失敗は悪い事じゃない。次にそれを活かす事が出来たら、それは失敗ではなく経験になる」

「俺は仕事の上手い部下が欲しかったわけじゃない。一生懸命仕事をしてくれる部下が欲しかったんだ。
 一生懸命やっていれば、色んな事を吸収して伸びていける。どんなに仕事が上手くたって、元が怠慢な奴はそれより先は望めないからな」

私やディールさんを偵察に出す時も、1度も「命令」はされませんでしたよね。
いつも「悪いな」「頼まれてくれるか?」って。
そんなギルヴァイス様だから、私やディールさんを始めとした部下は皆あなたが大好きでした。

 

魔王様とジェネラル様が討たれて、身を隠しながら魔界を飛び回っていた時。
なるべく少人数で行動する様にと皆に命じていたけれど、私達はいつも側に控えさせて下さいましたね。

「俺とヴィディアだけじゃ、敵が遠くにいる間は手出しできないからな。お前の弓やディールの魔法は心強い。俺達と一緒に行動してくれ」

本当は、未熟な私達だけで行動させたらすぐに人間にやられてしまうと思ったから側にいさせて下さったのでしょう?
でも私達が気にして萎縮してしまうといけないからって…だからあんな言い方をして下さった。
私達が、自分でも役に立てるってやる気を出せる様に。
そんなギルヴァイス様だから、私もディールさんも絶対に死なないって。絶対にあなたの側でお役に立とうって頑張れました。

 

「大丈夫か?フィリス」

ギルヴァイス様の声に、閉じていた瞼をあげる。
その拍子に目尻に溜まっていた水滴が頬を伝って耳の方に流れてきた。
ぼやけた視界は一面の青だった。青−ギルヴァイス様の、色。

「ギル…ヴァイス様…最後の、お願い…聞いて…頂き…た…」

重い右手を何とか持ち上げて、ギルヴァイス様の方へ伸ばす。
距離感覚なんてほとんど無くなってしまっていたから、ギルヴァイス様がどの辺におられるのか判らない。
右手をウロウロさせていたら、ギルヴァイス様が私の手を優しく握って下さった。

まだ、あったかさは感じられる。

「…何だ?」

静かに、優しく。ギルヴァイス様が尋ねて下さる。
戦いの旅の途中でこんな事言ったら、きっとギルヴァイス様は怒って下さっただろう。
「最後のお願いなんて、軽々しく口にするな!」って。
でも…きっとギルヴァイス様も判っておられるんだ。その時は、もうすぐそこまで来ているって。

「最後…ま、で…このまま…手………」

そこから先は、ヒュウヒュウって空気の音しか出てこなかった。
ギルヴァイス様が「あぁ」と言って下さるのと同時に、私の手を握る手に力を込められた。
私も。残ってる身体中の力を右手に込めて、ギルヴァイス様の手を握り返した。

 

…伝わったかな?
伝わっているといい、少しだけでも。

ギルヴァイス様。大好きでした。

あなたの部下になれて、一緒の時を過ごせて、本当に本当に良かったです。
あなたの側で過ごす事が出来て。

 

とても、幸せでした。


な、何だか書いている間に訳が判らない状態に… (汗)

えぇと、ゲームをされた方には判って頂けると思いますが、このフィリスという女の子はギルヴァイスの部下で諜報活動等を行ってます。
攻略本の「元は魔界の平凡な悪魔に過ぎない彼女だが〜」という一文を見てから脳内設定大暴走!(笑)
諜報部みたいなところで普通に働いていた彼女を、直属の部下を1人増やしたいとやってきたギルが抜擢したとか。
ギルに憧れてる女の子達に「あんな子で直属の部下が務まるなら私もなりた〜い」とかチクチク言われて
落ち込んでるところをギルに慰めて貰うとか!
(ちなみに昔の話の1つ目のギルの台詞は、微妙にそういう裏があって思いつきました(笑))

本当は2つの回想話もちゃんと書きたかったのですが、長くなりすぎなので削ってみたら今度は短くなりすぎに (汗)
結局のところ何が言いたいのか良く判らない尻切れトンボみたいなお話になってしまいましたが…(−−;;;
取り合えず書きたかった話を形に出来た事は嬉しかったです。